Jan
01
2012
0

サバ神社12/12

12:34 pm
サバ神社探訪

 境川流域のサバ神社12社を走りながら探訪しました。
 いっきに12社を走るのは無理でした。
 初日は大和駅から南下して9社目で断念し、湘南台から帰宅。二日目は鵠沼海岸から北上して湘南台から帰宅しました。

サバ神社・・・
神社によっては、左馬、鯖、佐波、佐婆だったり、七ツ木神社とか飯田神社といった名前だったりします。
全部で12社あります。
↓をクリックするとGoogleMapで詳細な場所が確認できます。
全12社のGoogleMap

Wikiには、以下のように書かれています。

鯖神社(さばじんじゃ)は神奈川県中部の境川中流域、横浜市泉区・瀬谷区、藤沢市北部、大和市南部にかけて12社ある、「サバ」と読む社名を持つ(あるいは過去に持っていた)神社。ただし、12社のうちには現在では神社と見なされない小さな祠が含まれ、神奈川神社庁の神社検索では11社しか確認できない。

各地のサバ神社
  • 01/12  左馬社(横浜市瀬谷区橋戸3-20-1) 祭神:左馬頭源義朝
  • 02/12  左馬神社(大和市上和田1168) 祭神:左馬頭源義朝
  • 03/12  左馬神社(大和市下和田1110) 祭神:左馬頭源義朝
  • 04/12  飯田神社(横浜市泉区上飯田町2517) 祭神:左馬頭源義朝
  • 05/12  佐婆神社(横浜市泉区和泉町4811) 祭神:左馬頭源満仲
  • 06/12  中之宮左馬神社(横浜市泉区和泉町3253) 祭神:左馬頭源満仲
  • 07/12  七ツ木神社(藤沢市高倉1128) 祭神:左馬頭源義朝
  • 08/12  左馬神社(横浜市泉区下飯田町1389) 祭神:左馬頭源義朝
  • 09/12  鯖神社(藤沢市湘南台7-201) 祭神:左馬頭源義朝
  • 10/12  佐波神社(神奈川県藤沢市石川141) 祭神:左馬頭源義朝
  • 11/12  左馬明神社(藤沢市西俣野字御所ヶ谷) 祭神:左馬頭源義朝
  • 12/12  鯖神社(横浜市泉区和泉町705) 祭神:左馬頭源満仲

※ n/12は、自分が訪問した順番になります。

サバ神社の祭神

サバ神社の祭神は、左馬頭源義朝または左馬頭源満仲のいずれかです。
鎌倉幕府の初代征夷大将軍として有名な源頼朝は、源義朝の三男にあたります。
源満仲は義朝の祖先にあたります。
サバ神社は、源氏の勇猛な武将であった義朝、満仲が左馬頭だったことの他に、沢(サワ)の神を祀る小祠や田の神(サンバイ)や生飯(サバ)から転じた、また鯖が持つと言われる強い薬効を願って鯖神社とした、など諸説があるようですが、はっきりしたことは分かっていないようです。

七さば巡り・七さば参り

古来から7社の鯖神社に参拝し(7社がどの鯖神社を指すかは文献により異なる)息災を祈る「七さば巡り」「七さばまいり」なる風習があったことで知られる。一日でこの七左馬をお参りすることで疱瘡、麻疹(はしか)、百日咳などの悪病除けになるという。「サバ参り」あるいは「相模七左馬」とも言う。

◆左馬社案内
 左馬社(瀬谷)、左馬神社(上和田)、飯田神社(上飯田)、左婆神社(神田)、左馬神社(中之宮)、
 鯖社(下飯田)、鯖神社(鍋谷)
◆藤沢市史、大和市史
 左馬社(瀬谷)、左馬神社(上和田)、左馬神社(下和田)、飯田神社(上飯田)、七ツ木神社(高倉)、
 鯖神社(下飯田)、鯖神社(今田)
◆大和市資料業書
 左馬社(瀬谷)、左馬神社(上和田)、左馬神社(下和田)、左馬神社(中之宮)、七ツ木神社(高倉)、
 鯖神社(下飯田)、鯖神社(今田)

丑の刻参り

藤沢市石川の佐波神社では、丑の刻参りが行われることがあるとのこと。

丑の刻参り、丑の時参り(うしのこくまいり、うしのときまいり)とは、丑の刻(午前1時から午前3時ごろ)に神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を毎夜五寸釘で打ち込むという、日本に古来伝わる呪術の一種である。

サバ神社の謎

右のような本があるようです。
謎とは、
・狭い土地に十二社もあるのはなぜか?
・なぜ左馬・鯖・佐波なのか?
・鯖にはどんな意味があるのか?
・祭神義朝を祀った人は? 
・七サバ祭りとは?
といったことのようです。

12/12 鯖神社(横浜市泉区和泉町705)左馬頭源満仲

住宅地の間の鳥居の奥に本殿の赤い屋根が見えます。


神社庁のHPによると、

慶長年代に当地の郷士、清水、鈴木の両氏が勧請したと伝承されている。元禄2年に氏子住民の浄財で社殿の修復が行われたと記された棟札が保存されているが、天保7年5月に神祇管領卜部朝臣良長が京都から参向奉弊し「鯖大明神」の額を奉納した旨を記した棟札も保存されている。 




戦後、住宅開発に伴い新旧氏子融和のため、神輿、囃子屋台を新調、例祭時に盛大な神輿渡御を行っているとのことです。


鯖大明神と書かれた扁額がかかっていました。

Jan
01
2012
0

サバ神社10/12

12:31 pm
サバ神社探訪

 境川流域のサバ神社12社を走りながら探訪しました。
 いっきに12社を走るのは無理でした。
 初日は大和駅から南下して9社目で断念し、湘南台から帰宅。二日目は鵠沼海岸から北上して湘南台から帰宅しました。

サバ神社・・・
神社によっては、左馬、鯖、佐波、佐婆だったり、七ツ木神社とか飯田神社といった名前だったりします。
全部で12社あります。
↓をクリックするとGoogleMapで詳細な場所が確認できます。
全12社のGoogleMap

Wikiには、以下のように書かれています。

鯖神社(さばじんじゃ)は神奈川県中部の境川中流域、横浜市泉区・瀬谷区、藤沢市北部、大和市南部にかけて12社ある、「サバ」と読む社名を持つ(あるいは過去に持っていた)神社。ただし、12社のうちには現在では神社と見なされない小さな祠が含まれ、神奈川神社庁の神社検索では11社しか確認できない。

各地のサバ神社
  • 01/12  左馬社(横浜市瀬谷区橋戸3-20-1) 祭神:左馬頭源義朝
  • 02/12  左馬神社(大和市上和田1168) 祭神:左馬頭源義朝
  • 03/12  左馬神社(大和市下和田1110) 祭神:左馬頭源義朝
  • 04/12  飯田神社(横浜市泉区上飯田町2517) 祭神:左馬頭源義朝
  • 05/12  佐婆神社(横浜市泉区和泉町4811) 祭神:左馬頭源満仲
  • 06/12  中之宮左馬神社(横浜市泉区和泉町3253) 祭神:左馬頭源満仲
  • 07/12  七ツ木神社(藤沢市高倉1128) 祭神:左馬頭源義朝
  • 08/12  左馬神社(横浜市泉区下飯田町1389) 祭神:左馬頭源義朝
  • 09/12  鯖神社(藤沢市湘南台7-201) 祭神:左馬頭源義朝
  • 10/12  佐波神社(神奈川県藤沢市石川141) 祭神:左馬頭源義朝
  • 11/12  左馬明神社(藤沢市西俣野字御所ヶ谷) 祭神:左馬頭源義朝
  • 12/12  鯖神社(横浜市泉区和泉町705) 祭神:左馬頭源満仲

※ n/12は、自分が訪問した順番になります。

サバ神社の祭神

サバ神社の祭神は、左馬頭源義朝または左馬頭源満仲のいずれかです。
鎌倉幕府の初代征夷大将軍として有名な源頼朝は、源義朝の三男にあたります。
源満仲は義朝の祖先にあたります。
サバ神社は、源氏の勇猛な武将であった義朝、満仲が左馬頭だったことの他に、沢(サワ)の神を祀る小祠や田の神(サンバイ)や生飯(サバ)から転じた、また鯖が持つと言われる強い薬効を願って鯖神社とした、など諸説があるようですが、はっきりしたことは分かっていないようです。

七さば巡り・七さば参り

古来から7社の鯖神社に参拝し(7社がどの鯖神社を指すかは文献により異なる)息災を祈る「七さば巡り」「七さばまいり」なる風習があったことで知られる。一日でこの七左馬をお参りすることで疱瘡、麻疹(はしか)、百日咳などの悪病除けになるという。「サバ参り」あるいは「相模七左馬」とも言う。

◆左馬社案内
 左馬社(瀬谷)、左馬神社(上和田)、飯田神社(上飯田)、左婆神社(神田)、左馬神社(中之宮)、
 鯖社(下飯田)、鯖神社(鍋谷)
◆藤沢市史、大和市史
 左馬社(瀬谷)、左馬神社(上和田)、左馬神社(下和田)、飯田神社(上飯田)、七ツ木神社(高倉)、
 鯖神社(下飯田)、鯖神社(今田)
◆大和市資料業書
 左馬社(瀬谷)、左馬神社(上和田)、左馬神社(下和田)、左馬神社(中之宮)、七ツ木神社(高倉)、
 鯖神社(下飯田)、鯖神社(今田)

丑の刻参り

藤沢市石川の佐波神社では、丑の刻参りが行われることがあるとのこと。

丑の刻参り、丑の時参り(うしのこくまいり、うしのときまいり)とは、丑の刻(午前1時から午前3時ごろ)に神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を毎夜五寸釘で打ち込むという、日本に古来伝わる呪術の一種である。

サバ神社の謎

右のような本があるようです。
謎とは、
・狭い土地に十二社もあるのはなぜか?
・なぜ左馬・鯖・佐波なのか?
・鯖にはどんな意味があるのか?
・祭神義朝を祀った人は? 
・七サバ祭りとは?
といったことのようです。

10/12 佐波神社(神奈川県藤沢市石川139)左馬頭源義朝

入り口に佐波大明神と書かれた立派な石碑が建っています。


鳥居の奥に参道が続いています。


参道脇に庚申塔が集められています。


かなり古そうなのもあるようです。


こちらも古そうです。


この神社は、丑の刻参りが行われることがあるとのことですが、明るくてそんなイメージは感じられません。


立派な本殿です。


佐波大明神と書かれた扁額がかかっています。


笹竜胆は源氏の紋とされ、清和源氏のシンボルともいわれています。頼朝が幕府を開いたところである鎌倉市も笹竜胆が市章となっています。鎌倉市内のお寺の門にもよくこの紋がついています。


鐘つき堂になります。


立派な鐘です。


彫り物も立派です。

Jan
01
2012
0

サバ神社8/12

12:28 pm
サバ神社探訪

 境川流域のサバ神社12社を走りながら探訪しました。
 いっきに12社を走るのは無理でした。
 初日は大和駅から南下して9社目で断念し、湘南台から帰宅。二日目は鵠沼海岸から北上して湘南台から帰宅しました。

サバ神社・・・
神社によっては、左馬、鯖、佐波、佐婆だったり、七ツ木神社とか飯田神社といった名前だったりします。
全部で12社あります。
↓をクリックするとGoogleMapで詳細な場所が確認できます。
全12社のGoogleMap

Wikiには、以下のように書かれています。

鯖神社(さばじんじゃ)は神奈川県中部の境川中流域、横浜市泉区・瀬谷区、藤沢市北部、大和市南部にかけて12社ある、「サバ」と読む社名を持つ(あるいは過去に持っていた)神社。ただし、12社のうちには現在では神社と見なされない小さな祠が含まれ、神奈川神社庁の神社検索では11社しか確認できない。

各地のサバ神社
  • 01/12  左馬社(横浜市瀬谷区橋戸3-20-1) 祭神:左馬頭源義朝
  • 02/12  左馬神社(大和市上和田1168) 祭神:左馬頭源義朝
  • 03/12  左馬神社(大和市下和田1110) 祭神:左馬頭源義朝
  • 04/12  飯田神社(横浜市泉区上飯田町2517) 祭神:左馬頭源義朝
  • 05/12  佐婆神社(横浜市泉区和泉町4811) 祭神:左馬頭源満仲
  • 06/12  中之宮左馬神社(横浜市泉区和泉町3253) 祭神:左馬頭源満仲
  • 07/12  七ツ木神社(藤沢市高倉1128) 祭神:左馬頭源義朝
  • 08/12  左馬神社(横浜市泉区下飯田町1389) 祭神:左馬頭源義朝
  • 09/12  鯖神社(藤沢市湘南台7-201) 祭神:左馬頭源義朝
  • 10/12  佐波神社(神奈川県藤沢市石川141) 祭神:左馬頭源義朝
  • 11/12  左馬明神社(藤沢市西俣野字御所ヶ谷) 祭神:左馬頭源義朝
  • 12/12  鯖神社(横浜市泉区和泉町705) 祭神:左馬頭源満仲

※ n/12は、自分が訪問した順番になります。

サバ神社の祭神

サバ神社の祭神は、左馬頭源義朝または左馬頭源満仲のいずれかです。
鎌倉幕府の初代征夷大将軍として有名な源頼朝は、源義朝の三男にあたります。
源満仲は義朝の祖先にあたります。
サバ神社は、源氏の勇猛な武将であった義朝、満仲が左馬頭だったことの他に、沢(サワ)の神を祀る小祠や田の神(サンバイ)や生飯(サバ)から転じた、また鯖が持つと言われる強い薬効を願って鯖神社とした、など諸説があるようですが、はっきりしたことは分かっていないようです。

七さば巡り・七さば参り

古来から7社の鯖神社に参拝し(7社がどの鯖神社を指すかは文献により異なる)息災を祈る「七さば巡り」「七さばまいり」なる風習があったことで知られる。一日でこの七左馬をお参りすることで疱瘡、麻疹(はしか)、百日咳などの悪病除けになるという。「サバ参り」あるいは「相模七左馬」とも言う。

◆左馬社案内
 左馬社(瀬谷)、左馬神社(上和田)、飯田神社(上飯田)、左婆神社(神田)、左馬神社(中之宮)、
 鯖社(下飯田)、鯖神社(鍋谷)
◆藤沢市史、大和市史
 左馬社(瀬谷)、左馬神社(上和田)、左馬神社(下和田)、飯田神社(上飯田)、七ツ木神社(高倉)、
 鯖神社(下飯田)、鯖神社(今田)
◆大和市資料業書
 左馬社(瀬谷)、左馬神社(上和田)、左馬神社(下和田)、左馬神社(中之宮)、七ツ木神社(高倉)、
 鯖神社(下飯田)、鯖神社(今田)

丑の刻参り

藤沢市石川の佐波神社では、丑の刻参りが行われることがあるとのこと。

丑の刻参り、丑の時参り(うしのこくまいり、うしのときまいり)とは、丑の刻(午前1時から午前3時ごろ)に神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を毎夜五寸釘で打ち込むという、日本に古来伝わる呪術の一種である。

サバ神社の謎

右のような本があるようです。
謎とは、
・狭い土地に十二社もあるのはなぜか?
・なぜ左馬・鯖・佐波なのか?
・鯖にはどんな意味があるのか?
・祭神義朝を祀った人は? 
・七サバ祭りとは?
といったことのようです。

8/12 左馬神社(横浜市泉区下飯田町1389)左馬頭源義朝

神社庁のHPには、次のように記載されています。

勧請年代は不詳であるが、俚伝には飯田郷の地頭、飯田五郎家義が勧請したといい、小田原北條の時代に下飯田を治めた川上藤兵衛も武運長久の祈願をしたという。
また天正18年(1590)に下飯田の領主になった筧助兵衛(かけいすけひょうえ)為春は、地域の鎮守さまとして信仰し、社殿の修復をしたという。 
明治6年に下飯田村の村社に列せられた。また境内林は明治年間に神奈川県の風致保安林に指定され、以来けやき、たぶのき、藪にっけい等の実生で生え、自然に繁茂した樹木が育っている。社殿右手前の銀杏は横浜市の名木古木に指定されている。 
またこの近くの神社の近くには鎌倉古道の一つである「上の道」または「西の道」が通っている。



社殿になります。
祭神は源義朝となっています。

扁額です。

庚申塔です。

小さな稲荷社がありました。

www.hbirds.net