寛文庚申供養塔です。
藤沢市指定の有形民俗文化財になります。
所在は片瀬3-16-2 になります。
個人のお宅の敷地内にあります。
見ざる聞かざる言わざるです。
3猿の起源は以下を参照のこと。
世界的に似たような戒めは多いようですが、起源ははっきりしないようです。
ちなみに日光東照宮のは、右から見ざる言わざる聞かざるの順に並んでいます。
自分の記憶としても、見ざる言わざる聞かざるの順ですが・・・。
庚申塔(Wiki)
庚申塔(こうしんとう)は、庚申塚(こうしんづか)ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多い。塚の上に石塔を建てることから庚申塚、塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれる。
庚申講(庚申待ち)とは、人間の体内にいるという三尸虫という虫が、寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くのを防ぐため、庚申の日に夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀って宴会などをする風習である。
庚申塔の石形や彫られる神像、文字などはさまざまであるが、申は干支で猿に例えられるから、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を彫り、村の名前や庚申講員の氏名を記したものが多い。同様の理由で庚申の祭神が神道では猿田彦神とされ、猿田彦神が彫られることもある。また、猿田彦神は道祖神とも信仰されるため、庚申信仰が道祖神信仰とも結びつくこととなった。さらに仏教では、庚申の本尊は青面金剛とされるため、青面金剛が彫られることもある。
庚申塔には街道沿いに置かれ、塔に道標を彫り付けられたものも多い。これは道祖神など他の路傍の石仏にはあまりみられない機能であり、庚申塔の特色とされている。
庚申塔は全国的な分布が確認されているが、地域によって建立数に差が見られる。特に旧相模国を中心とした地域では数多くの庚申塔が建立された。なお相模国には日本で初めて三猿が彫られた庚申塔(茅ヶ崎市輪光寺、市重要文化財)や青面金剛が彫られた日本最古の庚申塔などが残っている。
三猿の起源(Wiki)
3匹の猿というモチーフ自体は古代エジプトにも見られるもので、シルクロードを経由して中国から伝わったものだという見解がある。
また『論語』の一節に「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、 非礼勿動」(礼にあらざれば視るなかれ、礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ、礼にあらざればおこなうなかれ)があり、中国では今日でも妊娠中の女性は胎教の観点から「目は悪色を視ず、耳は淫声を聴かず、口は敖言を出さず」という戒めを受ける。朝鮮半島においても、結婚前の女性は「見ても見ぬふり、聞いても聞こえないふりをして、言いたくても言うな」と教育される。
インドのマハトマ・ガンディーは常に3匹の猿の像を身につけ「悪を見るな、悪を聞くな、悪を言うな」と教えたとされており、教科書などに「ガンディーの3猿」が掲載されている。またアメリカ合衆国では教会の日曜学校などで三猿を用い猥褻なものを見たり、性的な噂を聴いたり、嘘や卑猥なことを言わないよう諭すことがある。
「見ざる、聞かざる、言わざる」は日本には8世紀ごろ、漢語の「不見、不聞、不言」を訳した天台宗の教えとして伝わったものだという説がある。日本語の語呂合わせから日本が三猿発祥の地と思い込む人は多いが実は「見ざる、聞かざる、言わざる」によく似た表現は古来世界各地にあり、同様の像も古くから存在する。そしてまた、それぞれの文化によって意味するところは微妙に異なる。三猿の起源は未だ十分に解明されておらず、今後の研究と調査に委ねるところが大きい。



























