白杭の季節
今年も海水浴シーズンが近づいてきました。
片瀬西浜でも白杭打設の準備が始まっています。
安全のため、このようにサーファーと海水浴客を白杭で分離します。
鵠沼の白杭を取り続けているた川廷 昌弘さんという写真家がいるようです。

引地川河口(左岸)に聶耳(ニエアール)記念広場があります。
中華人民共和国の国歌「義勇軍行進曲」の作曲者である聶耳は、1935年、7月17日の午後、友人と遊泳中の鵠沼海岸で帰らぬ人となりました。
「義勇軍行進曲」が中華人民共和国の国歌となった1949年に藤沢市民有志により聶耳を記念する運動が起こり、1954年記念碑が建てられ、11月1日に中国の紅十字会長、李徳全女史を迎え、除幕式が行われました。その後、多数中国要人が記念碑を訪れています。
昭和61年、聶耳没後50周年記念事業として、藤沢市民と関係者の浄財で聶耳の胸像(レリーフ)を建立するとともに、神奈川県や藤沢市の協力を得て、記念碑とその周辺を整備し、現在の聶耳記念広場となりました。
聶耳の命日にあたる7月17日には聶耳に敬意を表し、偲ぶことを目的として、聶耳記念碑保存会により毎年、聶耳記念広場において碑前祭を開催しています。
ふだんは、右のようにイタズラ防止のビニールで覆われています。
手前は献花台になっています。
聶耳(ニエアル)記念広場には、中国からたくさんの人が参拝にやって来ますが、せっかく来ていただいても中国語の案内標記がありませんでした。そこで今回、聶耳氏の故郷である中国昆明市に近い雲南省石林から世界的に有名な「石林の石」を取り寄せ、聶耳氏の生涯などを記した中国語の石碑を建造しました。
賀来神社の脇・江ノ電鵠沼駅西口前に藤沢市安全・安心ステーション(民間交番)があります。
賀来神社の社務所を「鵠沼地区安全・安心ステーション運営委員会」が借り受け、使用しているとのこと。この社務所は、昭和45年までは、神奈川県警の交番として使用されていましたが、その後、空き交番であったものを、地元の自治(町内)会が防犯活動の拠点施設として現在まで使用していたもので、この施設を改装し新たに安全・安心ステーションとしたものとのこと。
2008年12月に藤沢市第一号として設置されたとのことです。
運営を行っていくのは、3,475世帯が属する、鵠沼藤が谷会、ニコニコ自治会、五友会、東鵠睦会、柳小路町内会の5団体です。
www.hbirds.net