ガラスのうさぎの像

二宮駅の南口にガラスのうさぎ像があります。
以下は、Wikiによるガラスのうさぎの解説です。
大東亜戦争(太平洋戦争)末期、東京を標的としたアメリカ軍軍による大規模な無差別爆撃が繰り返し行われたが、本作では1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲(東京・下町に対する大規模な空襲)が扱われている。
主人公である敏子の母と妹を奪った空襲の焼跡には、ガラス工場を営んでいた父が作ってくれたガラス細工のウサギが歪んだ形でありながら残っていた。そして、その父も疎開途中の神奈川県二宮町で、アメリカ軍機「P51ムスタング」の機銃掃射に遭って、敏子の目の前で命を落としてしまう。
「ガラスのうさぎ」像記念碑文には、以下のように書かれています。
太平洋戦争終結直前の昭和20年8月5日、ここJR二宮駅(当時国鉄)周辺には艦載機P51の機銃掃射を受け、幾人かの尊い生命がその犠牲となりました。
この時、目の前で父を失った12歳の少女が、その悲しみを乗り越え、けなげに生き抜く姿を描いた戦争体験記「ガラスのうさぎ」(高木敏子さん著)は国民の心に深い感動を呼び起こし、戦争の悲惨さを強く印象づけました。
この像は、私たち二宮町民が平和の尊さを後世に伝えるために、また少女を優しく励ました人たちの友情をたたえるために、多くの方々のご協力をいただき建てたものです。
少女が胸に抱えているのは、父の形見となったガラスのうさぎです。
立派な木があったので、下から撮ってみました。
市のHPによると、二度と戦争があってはならないと、永遠の平和を願う人々の浄財によって昭和56年(1981年)、二宮駅南口に、この像は建てらたとのことです。
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