Jul
20
2009

浜降祭

9:53 am

例年海の日に行われる茅ケ崎の浜降祭(はまおりさい)にジョギングがてら行ってきました。
今日の海は波が高かったので、安全のため神輿は海の中には入らなかったようです。
神輿は、茅ヶ崎市・寒川町の神社を深夜に出発し、一番神輿は朝の5時頃には海に着くようで、6時半過ぎにはすべての神輿が着き、海でみそぎを行います。
神社ののぼりの数を数えてみると34本あったので、だいたいそれくらいの数の神社から神輿が集まってくるようです。かながわのまつり50選に選ばれ、県の無形民族文化財に指定されているとのことです。 

浜降祭は、茅ヶ崎市・寒川町にある各神社の氏子たちが、その神社の神輿を担ぎながら一斉に海に入り、海から出た後は再び神社まで、神輿を担ぎながら戻っていくお祭りである。平成の初め頃までは、海中に神輿を叩き込むこともある荒っぽい祭りだったが、近年は神輿の更新にかかる出費を抑えるため、担いで海に浸かる大人しい形に変わってきている。そのせいか、近年は女性や子供の参加者も増えてきている。御輿が海に入るのは、入場時の午前5:00~7:00の間と、式後御輿が帰路に出発する(=お発ち)8:00頃ですが、通常お発ちの際に海に入ることが多いので、8:00頃がおすすめです。
ただし、8:00に来ても見やすい場所で見られるとは限らないため、もう少し早めに来る方がいいかもしれません。また、天候によっては海に入らない場合もあります。

090720_062424右手の国道から海に向かって細い道を神輿が次々と集まってきます。


090720_062715右手に各社ののぼりが見えますが、この下にすでに到着した神輿が置かれています。


090720_063815海の近くの会場に着くと、こんな感じで会場内を練り歩きます。


090720_063839子ども神輿や女性神輿などもありました。

浜降祭の起源については、諸説がありますが、古老のみなさんの話をまとめてみると、次のような説に集約されます。
  今から170年ほど前の天保9年(1838)、寒川神社の神輿が、例年春に行われる国府祭(こうのまち)【大磯町国府本郷】に渡御した帰途、相模川の渡し場で寒川の氏子と地元の氏子が争いを起こし、川に落ちて行方不明になってしまいました。
 その数日後、南湖の網元である孫七さんが漁の最中にこのご神体を発見し、寒川神社に届けたことを契機に、毎年同神社の神輿が、そのお礼のため南湖の浜に赴き、「禊(みそぎ)」をするようになったと言い伝えられています。
 一方、江戸時代後期に幕府がまとめた『新編相模国風土記稿』によると、鶴嶺八幡宮では、寒川神社のお礼参りよりずっと古い時代から、心身の罪やけがれを清める「みそぎ」の神事を行うため、毎年、浜辺への渡御が行われていたとあります。
 このように両神社の伝承は、古くから語り継がれ、それが後世になって合体して定着し、その後明治9年(1876)にこれまで旧暦の6月29日に行われていた「みそぎ」神事を新暦の7月15日と定め、名称も”浜降祭”と呼ばれるようになりました。

Written by hbirds in: postgallery,なごみの空間 | Tags:

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