Jun
19
2011

御霊神社

6:35 am

面掛行列以来、久しぶりに御霊神社に来てみました。

御霊神社は、通称、権五郎神社(ごんごろうじんじゃ)と呼ばれています。

権五郎神社の創建年代は詳らかではないが、御霊信仰思想の広がりと鎌倉氏による地方開発の展開を考慮すると、平安時代後期であると推定することができる。もとは関東平氏五家の始祖、すなわち鎌倉氏・梶原氏・村岡氏・長尾氏・大庭氏の5氏の霊を祀った神社であったとされ、五霊から転じて御霊神社と通称されるようになった。後に、鎌倉権五郎景政の一柱のみに祭神は集約され、祭神の名から権五郎神社と呼ばれた。




こちらが本殿になります。
参道を江ノ電が横切っています。

本殿に架かっている扁額です。
鎌倉権五郎神社と書かれています。

稲荷社
可愛らしい鳥居のある稲荷です。

伏見稲荷大社より勧請。食物、とりわけ稲の生産と豊穣を司る宇迦之御魂大神を祀る。



秋葉神社

火之迦具土神を祀る。明治初期に坂ノ下集落が大火に見舞われ、大半が焼失した際に、静岡県浜松市の秋葉山本宮より火災鎮護を願って勧請した。



第六天社

第六天神社(だいろくてんじんしゃ)という名前の神社は日本各地に存在する。
元々は神仏習合の時代に第六天魔王(他化自在天)を祀る神社として創建されたものであるが、明治の神仏分離の際、多くの第六天神社がその社名から神世七代の第6代の面足命・惶根命(オモダル・アヤカシコネ)に祭神を変更した。

神奈川県内には第六天を祀る社が一八〇社以上あり、厄病除けの神や方位神として信仰されているとのこと。


石上神社

かつて権五郎神社前浜沖にあった巨石に多くの船が座礁し、人命がたびたび損なわれたという。人々は巨石の一部を引き上げて御神体として祀り、海上安全・豊漁の守護神として崇敬した。

土地の人は「石上さま」と呼んでいる。昔、この社の前浜である海の沖に岩礁があって、船が乗り上げて遭難する人が多かったので、土地の人たちが引き上げてここに安置し祀ったものだという。七月二十日の海の日には、この赤飯を持って海を泳ぎ、海神に供えるという御供流しが毎年行われている。



祖霊社
日清・日露・第二次大戦の坂ノ下の英霊23柱を祀っています。

金比羅社

金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)、琴平神社(ことひらじんじゃ)、金比羅神社(こんぴらじんじゃ)は、香川県仲多度郡琴平町の金刀比羅宮を総本宮とし、その主祭神である大物主神を祀る神社であり、日本全国に存在する。



地神社大地を主宰し生産を司る大地主神を祀っています。

御嶽神社

御嶽神社(みたけ じんじゃ)は、蔵王権現を祭った神社。金峰神社・金峯神社(きんぶ、きんぷ、きんぽう、みたけ)ともいう。総本社は吉野金峰山寺の蔵王権現堂。



庚申塔

タブノキ
社務所の前にそびえるタブノキは、樹高20m、推定樹齢350年に達し、冠状に広がった樹枝が見事です。鎌倉市指定天然記念物、および神奈川県選定「かながわの名木100選」。(1984年12月選定)。

別な日に撮影したもの。

袂石・手玉石
左側の 「手玉石」 が 28貫(約105kg)あり、右側の「袂石」 が 16貫(約 60kg)あるそうです。それぞれ 鎌倉権五郎景正 が、「手玉」に取り 「袂」に入れたそうです。景正 の並外れた膂力をあらわしている逸話です。
腰越の満福寺にも弁慶の手玉石というのがあります。

弓立の松
鎌倉権五郎景政が領地を見廻る際に弓を立てかけたと伝わる松。
 景政は鎌倉・藤沢・茅ヶ崎にまたがる大庭の地を開拓し伊勢大神宮に寄進したとのこと。

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