白幡神社・神幸祭
白幡神社の例祭を白幡まつりと言うようです。
以下のスケジュールになっていますが、仕事があるので、日曜日(7/18)にお参りしてみました。
15日 出御祭
日曜日 神幸祭 義経・弁慶神輿渡御
19日 野外映画の夕べ
20日 宵宮祭
21日 例祭 神酒所巡拝 万灯みこし渡御 還御祭
20日午後から21日午後10時まで境内露天出店午後12時30分~午後5時 神幸祭 義経・弁慶の2基のお神輿が町内を練り歩きます。
白旗神社の由緒は、神社のHPに以下のように記されてます。
運動会の鉢巻の紅白も源平戦からきているのかもしれませんね。
白旗神社がいつごろできたのかは定かではありませんが、鎌倉時代より以前から、相模国(神奈川県あたり)にある寒川神社の神様・寒川比古命をお祀りして、同じ名前の寒川神社と呼ばれていました。
文治5年(1189)閏4月30日、源義経公は兄源頼朝から怒りをかい、追い詰められ、奥州(岩手県)平泉の衣川館において自害されました。その首は奥州から新田冠者高平(にったかじゃたかひら)という者によって鎌倉に送られました。高平が、腰越の宿(鎌倉市)に到着すると、そこで和田義盛・梶原景時によって義経かどうか確認されました。伝承では、弁慶の首も同時に送られ、夜の間に二つの首は、白旗川を上り、この地に辿り着いたといわれています。
このことを頼朝に伝えると、白旗が源氏の旗であったことから、白旗明神としてこの神社に祀るようにと指示しました。こうして義経公を神様として祀ることとなり、のちに白旗神社と呼ばれるようになりました。弁慶の首は、白旗神社のそばに八王子社として祀られることになりました。
本殿です。
現在の社殿は、文政11年(1828)から7年をかけ、天保6年(1835)12月に完成たとのこと。本殿、弊殿、拝殿を連ねた典型的な流権現造りとなっています。
御社殿に掲げられた「忠友殿」の扁額。
幕には源氏の紋章である笹竜胆(ささりんどう)です。竜胆の葉を五枚並べて、その上に三つ花が描かれています。
鎌倉のぼたもち寺として知られる常栄寺の門にも笹竜胆の紋章がついています。
白旗神社には義経、弁慶の二基の神輿があり、宝暦(ほうれき)7年(1757)の6月よりこの二基の神輿により神幸祭が斎行されているとのこと。心柱が無く四方の柱で屋根を支えている珍しい鳳輦(ほうれん)型。総檜造りで漆塗りの神輿です。
こちらは、義経神輿です。
義経(源氏)の紋章がついています。
こちらは弁慶神輿になります。
輪宝と呼ばれる弁慶の紋章がついています。
今年は震災への配慮なのでしょうか、かつぎ手なしの巡幸ですが、途中で台車のタイヤがパンクしてしまったようです。
Related Posts
No Comments »
RSS feed for comments on this post. TrackBack URL
Leave a comment
You must be logged in to post a comment.


