聶耳(ニエアル)記念広場
20:18 pm

引地川河口(左岸)に聶耳(ニエアール)記念広場があります。
中華人民共和国の国歌「義勇軍行進曲」の作曲者である聶耳は、1935年、7月17日の午後、友人と遊泳中の鵠沼海岸で帰らぬ人となりました。
「義勇軍行進曲」が中華人民共和国の国歌となった1949年に藤沢市民有志により聶耳を記念する運動が起こり、1954年記念碑が建てられ、11月1日に中国の紅十字会長、李徳全女史を迎え、除幕式が行われました。その後、多数中国要人が記念碑を訪れています。
昭和61年、聶耳没後50周年記念事業として、藤沢市民と関係者の浄財で聶耳の胸像(レリーフ)を建立するとともに、神奈川県や藤沢市の協力を得て、記念碑とその周辺を整備し、現在の聶耳記念広場となりました。
聶耳の命日にあたる7月17日には聶耳に敬意を表し、偲ぶことを目的として、聶耳記念碑保存会により毎年、聶耳記念広場において碑前祭を開催しています。
ふだんは、右のようにイタズラ防止のビニールで覆われています。
手前は献花台になっています。
聶耳(ニエアル)記念広場には、中国からたくさんの人が参拝にやって来ますが、せっかく来ていただいても中国語の案内標記がありませんでした。そこで今回、聶耳氏の故郷である中国昆明市に近い雲南省石林から世界的に有名な「石林の石」を取り寄せ、聶耳氏の生涯などを記した中国語の石碑を建造しました。
Related Posts
No Comments »
RSS feed for comments on this post. TrackBack URL
Leave a comment
You must be logged in to post a comment.
