Apr
03
2010

舟地蔵

19:19 pm

この舟地蔵には、大庭城落城にまつわる悲しい伝説があります。永正9年(1512)北条早雲が大庭城を攻めた時、城の周りは一面の沼で、なかなか攻め入ることが出来ず苦戦をしていました。稲荷でボタ餅を売っていた老婆に、武将の一人がどうしたものかと尋ねたところ、「南の堤を切ればたちまち水は干上がってしまう」と教えてくれました。武将は、この秘密がもれることを恐れ、その場で老婆を切り捨ててしまいました。やがて堤は切られ沼の水は引き、なんなく城を攻め落とすことができたそうです。土地の人は老婆の死をあわれみ、舟にのった地蔵尊をたてて供養したということです。地蔵が舟に乗っているのは沼地を渡る舟から来ているといわれています。
区画整理や道路拡張で何度か移転しており、この地の名主だった山崎六郎兵衛が建てたと言われています。
台谷戸稲荷の森近くにもうひとつ舟地蔵があり、そちらの方が古いようですが、未発見です。 そのうち、探しに行きたいと思います。

旧舟地蔵

旧舟地蔵は、現在、大庭城址公園南端にあります。舟地蔵の前身と言われ、左側
側面に彫られた銘によれば、台谷戸の名主山崎六郎兵衛が嘉永6年(1853)11月に造立した
とあります。

Written by hbirds in: 鵠沼界隈 | Tags: , ,

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