旧龍口明神社
龍口(たつのくち)の龍口寺西隣に建っている旧龍口明神社です。538年創建と伝えられ鎌倉で最も古いものです。旧社とあるように、現在の新社は龍の胴にあたる湘南モノレール西鎌倉駅より徒歩約10分の新鎌倉山住宅地の急傾斜の途中に遷宮されています。遷宮にあたっては、鎌倉時代には刑場(龍口刑場)として使用された時期もあったため、氏子達は祟りを恐れ、長年移転を拒んでいました。安政2年(1773年)に龍口が片瀬村(現藤沢市片瀬)に編入されて以降、境内地のみ津村の飛び地として扱われたのも、そのような背景からかもしれません。
大正12年 (1923年)、関東大震災により全壊、昭和8年 (1933年)に龍口の在のままで改築したが、 昭和53年(1978年)に、氏子百余名の要望により、江の島を遠望し、龍の胴にあたる地へと移転したとのことです。
写真に見られるように社殿には立ち入りできないようになっており、すっかり廃社となっており、うらぶれたたたずまいになっています。
移転後の現在も、旧境内は鎌倉市津1番地として飛び地のまま残っており、拝殿・鳥居なども、移転前のこのような姿で残されています。屋根の下に立派な龍の彫り物があり、弁天様が居る江ノ島方向を向いています。
江島縁起からすれば、江ノ島に相対するこの地にあってこその龍口明神社であり、移転は残念なような気がします。
遷宮の理由は以下のようになっています。
※この龍口明神社は、龍口にあたる龍口明神社にありましたが、そこが藤沢市片瀬にある鎌倉の飛び地であることから昭和 53年(1978年)に現在地に移されました。
江島縁起
伝説によれば、鎌倉には昔、五つの頭を持つ龍がいて悪行を重ねていました。そこへ弁財天が天から舞い降り、天女に恋心を抱く五頭龍を諭し、悪行をやめさせました。この五頭龍をまつるのが龍口明神社です。その後、五頭龍は海を離れ、山に姿を変えました。これが現在の藤沢市龍口山です。そして、天女の天下りとともに出現した島が現在の江ノ島。天女は江島神社に奉られている弁財天です。江島神社には弁財天堂があり裸弁財天像が奉られています。
立ち入り防止の柵には、右のような由来が書かれています。
これによると創建は552年となっており、創建年次には二つの説があるようです。
ちなみに552年は江島神社の創建の年でもあり、両社の縁が深いことからこのような説があるのかもしれません。
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