Jul
03
2011
0

小動神社・天王祭

21:01 pm

小動神社(こゆるぎじんじゃ)は、神奈川県鎌倉市腰越の小動岬にある神社です。小動岬は、太宰治が自殺未遂を図った場所です。旧腰越村の鎮守社となっています。
毎年、7月第1日曜から第2日曜にかけて行われる天王祭は、江の島の八坂神社との共同の祭で、最終日には八坂神社の御輿が当社に渡御するようです。

2011年7月3日は、小動神社・天王祭の出御祭です。
町内会の掲示板に右のような案内が出ています。

もともとの腰越の地元は、五町からなっており、それぞれの町ごとに以下の人形を戴いた山車で祭りを盛り上げてくれます。
濱上町:源義経と辨慶
神戸町:八幡太郎義家と鎌倉権五郎影政
土橋町:源頼朝と御所五郎丸
下町:神功皇后と武内宿禰、応神天皇
中原町:素戔嗚命

それぞれの町ごとに、以下のような人形場を祭りに合わせて公開してくれています。最終日には、この人形を山車に取り付けるのでしょうか。
神戸町と下町の人形場は見つけることができましたが、残り三町のは、後日見つけたいと思いますが、旧町名は住居表示に残っていないので簡単に見つかるかどうか・・・・。

中原町:素戔嗚命

土橋町:源頼朝と御所五郎丸

濱上町:源義経と辨慶

神戸町:八幡太郎義家と鎌倉権五郎影政

下町:神功皇后と武内宿禰、応神天皇

出御祭で腰越の囃子屋台が江の島八坂神社の神輿を迎え、腰越の5ヵ町を渡り、神社下の天王屋敷に作られた仮宮に納められます。

仮宮に行く前に、江ノ島ビーチハウスと江の島マンションの間の路上で休憩です。

濱上町の囃子屋台です。

下町の囃子屋台です。

土橋町の囃子屋台です。

中原町の囃子屋台です。

神戸町の囃子屋台です。

神輿の前で地元の方が整列し、神主さんがお祓いをしておりました。

神輿には、各町の提灯がついています。

正面から見たところです。

仮宮(お仮屋)に納められたお神輿です。
左手奥に見えるのは小動神社の鳥居です。

朝早かったためか、格子戸は閉じられています。

後日、日中に行くと格子戸が開かれていました。

Written by hbirds in: 鵠沼界隈 | Tags: , , ,
Nov
01
2009
0

小動神社

11:20 am

091101_073652小動神社(こゆるぎじんじゃ)は、神奈川県鎌倉市腰越の小動岬にある神社です。R134に面してこのような鳥居が出迎えてくれます。旧腰越村の鎮守社とのこと。

文治年間(1185年 – 1189年)の源平合戦の際、佐々木盛綱が父祖の領国であった近江国の八王子宮を勧請したものと伝え、江戸時代までは八王子社と称していた。元弘3年(1333年)5月には、新田義貞が鎌倉攻めの戦勝を祈願したと伝えられる。江戸中期には、小田原藩主・大久保忠真が扁額を奉納した。
明治元年(1868年)、神仏分離に伴い、地名をとって小動神社と改称し、村社に列格した。




091101_073741社殿です。


091101_073758紅白の鳥居が仲良く並んでいます。
左が金毘羅宮、右が稲荷社。社殿は一体になっています。


091101_073817海神社です。近くに日露戦争の戦勝記念碑などもありました。江ノ島に児玉神社が祀られたのも、江ノ島を遠望する長谷に別荘を持っていたという縁があるようで、この戦勝記念碑も同様の縁からなのかもしれません。


091101_073826奉納 龍王海神と読めます。ここでいう海神とは、亀のことなのでしょうか。


091101_073847大六天社です。


091101_073900奥には、このような祠があります。


091101_073922境内の先には、ちょっとした展望スペースがあり、このように江ノ島を臨むことができます。
太宰治が鎌倉郡腰越町小動崎で田辺あつみ(本名:田部シメ子)と心中未遂(田部シメ子は死亡)をおこしたのは 昭和5年11月28日夜半のことでした。『“帝大生と女給情死を図る”青森県北郡金木町素封家同郡県会議員津島文治氏弟東京市外戸塚町二五〇常盤館止宿帝大生修治(二二)及び銀座十字屋楽器店裏ハリウッド・バー内田邉あつみ(一九)の両名は二十八日朝家出同日午後五時頃相州腰越小動神社裏海岸でカルモチンをのみ情死を計り二十九日朝八時頃苦悩中を付近の漁師が発見女は間もなく絶命男は腰越恵風園に収容したが一命は取止めるらしい』、と昭和5年11月30日(日)の東京朝日新聞朝刊に報道されています。


091103_113936太宰治が運び込まれた恵風園です。
現在は、恵風園胃腸病院となっています。

091101_073959社殿脇の狛犬のアップです。

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