Jul
16
2011
0

小動神社・天王祭 神幸祭(午後の部)

9:57 am

小動神社・天王祭 神幸祭の午後の部です。
午後は、江の島の八坂神社からの御神輿を龍口寺前でお迎えし、腰越通りを小動神社の御神輿と並んで小動神社に向います。

14時ちょっと前に龍口寺前で腰越地区の五ヶ町の役員が神主さんとともに並んで出迎えます。

藤沢方面から八坂神社の行列がやってきました。江の島から州鼻通りを通ってやってくるのでしょう。先導するのは、小動神社の囃子屋台二台です。
こちらは、神戸町の囃子屋台です。

次に土橋町の囃子屋台が続きます。江の島の八坂神社まで迎えに行って、連れてくるというシチュエーションなのでしょう。

八坂神社の高張り提灯が見えてきました。

天王囃子です。

松ぼっくりで飾られた囃子屋台

錫杖(しゃくじょう)、小太鼓、三味線、横笛、大太鼓などが通りすぎてゆきます。

天狗です。

賽銭箱と巫女さん。

お賽銭をさせていただくとこのようなものを貰えます。

八坂神社の御神輿がやってきました。

龍口寺の前を通り、腰越通りを小動神社方面に向って行きます。

両神社の氏子の方々がお互いにご挨拶をします。

腰越通りの途中で待っていた小動神社の神輿と合流します。

両御神輿の競演です。
「どっこい」、「どっこい」、「どっこいそーりゃ」の掛け声とともに両神輿が揺れます。

時折、江ノ電が徐行しながら通り抜けていきます。

相州神輿甚句を肩車された子供が歌います。ボーイソプラノの良く通る声です。

八坂神社も小動神社も伝統文化に子供たちがちゃんと参加しています。

江ノ電の腰越駅に近づいてきました。

お疲れさまです。

Jul
11
2011
0

小動神社・天王祭 神幸祭(午前の部)

20:54 pm

町内の掲示板に張ってあった小動神社・神幸祭のルート図・スケジュールです。
江ノ島の八坂神社の御神輿と合流するのでちょっと分かりづらいですが、五ヶ町から江の島の八坂神社に向かい戻るルートと同じく五ヶ町から小動神社、前浜へと向かっていくルートの二つのルートが描かれており、この二つのルートが腰越通りで交わっています。
つまり、八坂神社と小動神社二つの神輿が腰越通りで競演することになります。

江の島の八坂神社の海中渡御を見に行っていたので、腰越通りに入ったのが11:30頃です。小動神社の海中渡御もほぼ同時に行われて、神輿は腰越通りに戻ったようです。
右手は中原町の人形山車です。

土橋町の囃子屋台です。

同じく土橋町の人形山車です。

神戸町の囃子屋台です。

濱上町の囃子屋台です。

獅子頭を持つ少年。

人形山車の鮮やかな彫物。

小動神社の御神輿です。

午前の部はここで終了です。皆さん、お疲れ様でした。しばらくお昼休みにになります。

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Jul
10
2011
0

八坂神社・天王祭 海中渡御

18:20 pm

江の島八坂神社の天王祭での海中渡御を観にいきました。
例年、七月の第二日曜日に行われます。
当日のNHKの夜の首都圏ニュースでも報道されていました。
橋詰めの公園に浜に降りるためのスロープが作られています。

八坂神社の位置です。

こちらが八坂神社です。

扁額です。
八坂神社と書かれています。

案内板には、「神奈川の祭り五十選」に選ばれているとあります。

江島神社のHPに八坂神社について、以下のように書かれています。

御祭神:建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)
社殿:銅葺、入母屋造り。江戸時代は、天王社として祀られ、弘化元年(1844年)に再建。明治六年に「八坂神社」と改称されました。平成十三年に改築。
例祭:御神体は命の御木像。昔、対岸の腰越に祀られていた社が大波で流され、御窟前の海中に沈んでいた御神体を漁師が拾い上げて、ここに祀ったものです。祭礼は華麗を極め、毎年七月十四日に近い日曜日に、渡御が行われます。島の人々が列をなして、天王囃子という里神楽にて優雅な調べを奏でながら、神輿は辺津宮より参道を練り、弁天橋から海に舁ぎ入れ、囃子を奏でる中、浮きつ沈みつ真裸体になって揉み合い、勇壮な禊が行われます。上陸後、ゆかりの腰越まで渡御されるのを古例とした、湘南唯一の夏祭りとして有名です。

その昔、腰越の小動神社(こゆるぎじんじゃ)の御神体が海に流されたとき、江の島の漁師が江島岩屋近くの海で、拾い上げ、それを東浦に持っていき、真水に清めて八坂神社に祀ったのが始まり。江の島にある八坂神社、対岸の腰越・小動神社の神輿が海に入り、海上渡御を行なう。天王囃子(里神楽)を奏でながら神輿は辺津宮より参道を練り、弁天橋から海に舁ぎ入れる。神輿渡御は11:00頃。江島神社の祭礼よりむしろ華麗なため、本社である江島神社の祭礼と勘違いする人もいるが、あくまでも末社・八坂神社の祭礼だ。八坂神社の御祭神は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)。江戸時代は、天王社として祀られていたが、維新後の神仏分離令で、明治6年に八坂神社と改称した。

江の島の頂上の方にある八坂神社での神事を済ませた後に、人ごみをかき分けて御神輿が参道を下ってきます。
正面は青銅の鳥居です。周辺に多数のカメラマンが待ち構えています。

子供たちも一生懸命です。

お母さんでしょうか、後ろから団扇であおいでいました。

松ぼっくりで飾られた不思議な囃子屋台です。

天狗も来ました。

奥の方から御神輿が見えてきました。

鳥居の手前までやって来ました。

鳥居をくぐってから、休憩と海中渡御の準備を終えて、海の方に向かって来ました。

全員、白の褌で決めています。神事であるため、ドレスコードが厳しく、色柄ものの褌では神輿を担げません。

褌と言えばやっぱり後ろ姿でしょう。

船には神主さんが乗っています。奥の船にはお囃子隊が乗っています。

江の島に渡る橋の途中から海中渡御の様子を見てみました。大勢の方が見物しているのが分かります。
ちょうど同じ時刻に対岸の片瀬東浜では、小動神社の天王祭で海中渡御が行われています。
間に合うかと思い、自転車で向ってみましたが東浜についた頃には終わっていました。両方見ることは難しいようです。

参考までに、こちらが対岸で同時に行われていた小動神社の海中渡御です。

Jul
10
2011
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小動神社・天王祭 宵宮祭

6:15 am

小動神社・天王祭の宵宮祭を観に行ってきました。
毎年7月の第2日曜が神幸祭(本祭)になりますが、その前日の夜6時から宵宮祭が始まります。
宵宮祭は、例年だと腰越流し踊りだけだったのだけど、数年前からからは神輿が出るようになったとのことです。神輿は、會の若い衆達が中心になる渡御です。各町内祭典の方々や近隣の若手に応援され電車通り(腰越通り)を進み、休憩を入れながら神社輿殿まで行きます。

こんな感じで女の子も一生懸命担いじゃってます。

休憩途中の神輿の脇を江ノ電がすり抜けます。
腰越のお祭りらしい風景です。

地元の祭という感じでいい感じです。

今日は梅雨明けで午後から青空が広がりました。
神戸橋を渡る場所では、背景に江の島が見ることができます。

江ノ電の腰越駅から藤沢に向かう電車と小動神社に向かう神輿のツーショットです。

そうこうしている間に龍口寺方面から腰越流しがスタートしたようです。

年配の方が中心かなと思ったら、子供たちも踊ったりしていました。

江ノ電が来ると端に寄りながらも踊りは続きます。

山車に灯篭が載せられ灯りが入りました。
もう少し暗くなるとこの山車も通りに出動して盛り上げてくれるのでしょうが、6時から1時間ほどの見学で帰路についてしまいました。

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Jul
03
2011
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小動神社・天王祭

21:01 pm

小動神社(こゆるぎじんじゃ)は、神奈川県鎌倉市腰越の小動岬にある神社です。小動岬は、太宰治が自殺未遂を図った場所です。旧腰越村の鎮守社となっています。
毎年、7月第1日曜から第2日曜にかけて行われる天王祭は、江の島の八坂神社との共同の祭で、最終日には八坂神社の御輿が当社に渡御するようです。

2011年7月3日は、小動神社・天王祭の出御祭です。
町内会の掲示板に右のような案内が出ています。

もともとの腰越の地元は、五町からなっており、それぞれの町ごとに以下の人形を戴いた山車で祭りを盛り上げてくれます。
濱上町:源義経と辨慶
神戸町:八幡太郎義家と鎌倉権五郎影政
土橋町:源頼朝と御所五郎丸
下町:神功皇后と武内宿禰、応神天皇
中原町:素戔嗚命

それぞれの町ごとに、以下のような人形場を祭りに合わせて公開してくれています。最終日には、この人形を山車に取り付けるのでしょうか。
神戸町と下町の人形場は見つけることができましたが、残り三町のは、後日見つけたいと思いますが、旧町名は住居表示に残っていないので簡単に見つかるかどうか・・・・。

中原町:素戔嗚命

土橋町:源頼朝と御所五郎丸

濱上町:源義経と辨慶

神戸町:八幡太郎義家と鎌倉権五郎影政

下町:神功皇后と武内宿禰、応神天皇

出御祭で腰越の囃子屋台が江の島八坂神社の神輿を迎え、腰越の5ヵ町を渡り、神社下の天王屋敷に作られた仮宮に納められます。

仮宮に行く前に、江ノ島ビーチハウスと江の島マンションの間の路上で休憩です。

濱上町の囃子屋台です。

下町の囃子屋台です。

土橋町の囃子屋台です。

中原町の囃子屋台です。

神戸町の囃子屋台です。

神輿の前で地元の方が整列し、神主さんがお祓いをしておりました。

神輿には、各町の提灯がついています。

正面から見たところです。

仮宮(お仮屋)に納められたお神輿です。
左手奥に見えるのは小動神社の鳥居です。

朝早かったためか、格子戸は閉じられています。

後日、日中に行くと格子戸が開かれていました。

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Nov
01
2009
0

小動神社

11:20 am

091101_073652小動神社(こゆるぎじんじゃ)は、神奈川県鎌倉市腰越の小動岬にある神社です。R134に面してこのような鳥居が出迎えてくれます。旧腰越村の鎮守社とのこと。

文治年間(1185年 – 1189年)の源平合戦の際、佐々木盛綱が父祖の領国であった近江国の八王子宮を勧請したものと伝え、江戸時代までは八王子社と称していた。元弘3年(1333年)5月には、新田義貞が鎌倉攻めの戦勝を祈願したと伝えられる。江戸中期には、小田原藩主・大久保忠真が扁額を奉納した。
明治元年(1868年)、神仏分離に伴い、地名をとって小動神社と改称し、村社に列格した。




091101_073741社殿です。


091101_073758紅白の鳥居が仲良く並んでいます。
左が金毘羅宮、右が稲荷社。社殿は一体になっています。


091101_073817海神社です。近くに日露戦争の戦勝記念碑などもありました。江ノ島に児玉神社が祀られたのも、江ノ島を遠望する長谷に別荘を持っていたという縁があるようで、この戦勝記念碑も同様の縁からなのかもしれません。


091101_073826奉納 龍王海神と読めます。ここでいう海神とは、亀のことなのでしょうか。


091101_073847大六天社です。


091101_073900奥には、このような祠があります。


091101_073922境内の先には、ちょっとした展望スペースがあり、このように江ノ島を臨むことができます。
太宰治が鎌倉郡腰越町小動崎で田辺あつみ(本名:田部シメ子)と心中未遂(田部シメ子は死亡)をおこしたのは 昭和5年11月28日夜半のことでした。『“帝大生と女給情死を図る”青森県北郡金木町素封家同郡県会議員津島文治氏弟東京市外戸塚町二五〇常盤館止宿帝大生修治(二二)及び銀座十字屋楽器店裏ハリウッド・バー内田邉あつみ(一九)の両名は二十八日朝家出同日午後五時頃相州腰越小動神社裏海岸でカルモチンをのみ情死を計り二十九日朝八時頃苦悩中を付近の漁師が発見女は間もなく絶命男は腰越恵風園に収容したが一命は取止めるらしい』、と昭和5年11月30日(日)の東京朝日新聞朝刊に報道されています。


091103_113936太宰治が運び込まれた恵風園です。
現在は、恵風園胃腸病院となっています。

091101_073959社殿脇の狛犬のアップです。

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