Jul
17
2011
0

聶耳記念祭

20:25 pm

17日午前9:30、中国の国歌を作曲した音楽家聶耳さんを追悼する「聶耳記念祭」が行われました。
聶耳の命日にあたる7月17日には聶耳に敬意を表し、偲ぶことを目的として、聶耳記念碑保存会により毎年、聶耳記念広場において碑前祭を開催しています。碑前祭では「義勇軍行進曲」の吹奏のもと、黙祷を捧げ、保存会会員をはじめ来場者の方々が献花を行います。


聶 耳(じょう じ、ニエ アル、拼音: Niè Ěr 、原名:聶 守信、字は子義、1912年2月14日 – 1935年7月17日)は中国の作曲家。中華人民共和国の国歌『義勇軍進行曲』の作曲者として知られる。
『義勇軍進行曲』は抗日映画『風雲児女』の主題歌として、盟友の劇作家・詩人の田漢が獄中から密かに送った歌詞に合わせて、日本滞在中に最終的に書き上げたと言われている。同年7月17日の午後、神奈川県藤沢市の湘南海岸(鵠沼海岸)にて友人と遊泳中に行方不明になり、翌日水死が確認された(彼の最期を「日本官憲による謀殺」とする説もあるが、当時捜索に携わった地元関係者は他の水死者と特に変わった点はなかったと証言している)。享年24。



藤沢市の消防隊が中華人民共和国の国歌『義勇軍進行曲』を演奏しました。

中国大使館の方も参列され、献花をしました。

Jun
11
2011
0

聶耳(ニエアル)記念広場

20:18 pm


引地川河口(左岸)に聶耳(ニエアール)記念広場があります。
中華人民共和国の国歌「義勇軍行進曲」の作曲者である聶耳は、1935年、7月17日の午後、友人と遊泳中の鵠沼海岸で帰らぬ人となりました。
「義勇軍行進曲」が中華人民共和国の国歌となった1949年に藤沢市民有志により聶耳を記念する運動が起こり、1954年記念碑が建てられ、11月1日に中国の紅十字会長、李徳全女史を迎え、除幕式が行われました。その後、多数中国要人が記念碑を訪れています。

昭和61年、聶耳没後50周年記念事業として、藤沢市民と関係者の浄財で聶耳の胸像(レリーフ)を建立するとともに、神奈川県や藤沢市の協力を得て、記念碑とその周辺を整備し、現在の聶耳記念広場となりました。
聶耳の命日にあたる7月17日には聶耳に敬意を表し、偲ぶことを目的として、聶耳記念碑保存会により毎年、聶耳記念広場において碑前祭を開催しています。

ふだんは、右のようにイタズラ防止のビニールで覆われています。
手前は献花台になっています。

中国語石碑も2010年12月に設置されました。

聶耳(ニエアル)記念広場には、中国からたくさんの人が参拝にやって来ますが、せっかく来ていただいても中国語の案内標記がありませんでした。そこで今回、聶耳氏の故郷である中国昆明市に近い雲南省石林から世界的に有名な「石林の石」を取り寄せ、聶耳氏の生涯などを記した中国語の石碑を建造しました。



www.hbirds.net