密蔵寺

片瀬にある密蔵寺は真言宗大覚寺派の寺で宝盛山薬師院密蔵寺といいます。相模国準四国八十八箇所のうち十七番札所ともなっています。


鎌倉時代末期に有弁僧正によって開山され、何度かの火災に会ったようですが、江戸時代に良忍上人によって再建されたとのこと。本尊は創建時から薬師如来ですが、本堂に祀られている愛染明王の方が知られているようです。

境内左手には六地蔵が並んでいます。

六地蔵の隣には、小さな弘法大師の石像が26体鎮座しています。
四国八十八ヶ所巡りの大師像を大正時代に実現しようとして関東大震災で頓挫した名残りのようです。

こちらの石像は、富士見大師と銘打ってあります。

「愛染かつら」
桂の木「愛染かつら」 
「愛染かつら」は、川口松太郎の昭和12年の小説を映画化したもので、金持ちの医師と看護婦の叶わぬ恋物語です。
二人が桂の木の前で、願い事を書いて木に結ぶと叶うと聞いて、願いをかけました。
この映画に小暮美千代が出演しており、かつて小暮美千代は、江ノ島カーニバルのお芝居に出演していて、その時密蔵寺に泊まっていたとのこと。
そこから、密蔵寺ご本尊の愛染明王様を奉るご本尊の前に桂の木を植え、命名したとのこと。

記念植樹
愛染かつら
小暮美千代
昭和30年4月24日

とあります。

「愛染かつら 前篇」、「愛染かつら 後篇」共にフィルムは現存せず、今では「総集編」のみ鑑賞可能。

本堂です。
この中には、ご本尊「愛染明王」が祀られている。

愛染明王(あいぜんみょうおう)は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の1つ。梵名ラーガ・ラージャ(Ragaraja)は、サンスクリット経典にその名は見られず、また、インドでの作例もない忿怒尊である。
愛染明王は一面六臂で他の明王と同じく忿怒相であり、頭にはどのような苦難にも挫折しない強さを象徴する獅子の冠をかぶり、叡知を収めた宝瓶の上に咲いた蓮の華の上に結跏趺坐で座るという、大変特徴ある姿をしている。

もともと愛を表現した神であるためその身色は真紅であり、後背に日輪を背負って表現されることが多い。 また天に向かって弓を引く容姿で描かれた姿(高野山に伝えられる「天弓愛染明王像」等)や、双頭など異形の容姿で描かれた絵図も現存する。

愛染明王信仰はその名が示すとおり「恋愛・縁結び・家庭円満」などをつかさどる仏として古くから行われており、また「愛染=藍染」と解釈し、染物・織物職人の守護神としても信仰されている。さらに愛欲を否定しないことから、古くは遊女、現在では水商売の女性の信仰対象にもなっている。

日蓮系各派の本尊(曼荼羅)にも不動明王と相対して愛染明王が書かれているが、空海によって伝えられた密教の尊格であることから日蓮以来代々梵字で書かれている。なお日蓮の曼荼羅における不動明王は生死即涅槃を表し、これに対し愛染明王は煩悩即菩提を表しているとされる。

軍神としての愛染明王への信仰から直江兼続は兜に愛の文字をあしらったとも考えられている。

本堂横には、修行大師様の像。
脚の下の台には、四国八十八箇所のお砂が納められています。
八十八箇所を廻って拝んでいる気持ちで、この周りを回ると同じおかげを頂ける、と言う事のようです。

以前に訪れた時は、親子の愛情像が右のようになっており、観音様のお顔が隠されていました。
後日、訪れた際には、覆面は取られておりましたが、何かあったのでしょうか。

門前の樹齢約300年と言われるえのきの木には寄生木の山桜が根着いています。その下に弘法大師道の道標があります。

弘法大師道と彫られています。

門前の樹齢約300年と言われるえのきの木です。

六地蔵の後ろの木も立派です。

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